酔芙蓉の早すぎる芽吹き

宿根フロックスの植え替えのついでに、簡易なビニールハウスで越冬をさせている酔芙蓉の鉢に生えている雑草を抜こうと幾つか鉢を出してみると、もう既に酔芙蓉が芽を出しかけていて、中には新しい茎が数センチ程延びていた物もありました。

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子年と千手観音

令和2年は子年(ねどし)となります。
その昔、神様が年の名前を決める時に、ねずみは牛の背中に乗ってチャッカリと神様の前に一番乗りをして、十二支がねずみから始まるようになった話はよくご存じだと思います。
ねずみは要領が良くて、素早く機転が利き、賢いイメージが有ります。また、ねずみの語源は「寝ず身(見)」(ねずみ)から来ているとも言うことから、常にコツコツと積み上げる働き者で、富や大成の象徴のようにも言われます。

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002_一の段、臨済宗報恩寺の時代

一の段、臨済宗報恩寺の時代

名称 ○○山(受潤カ)報恩寺
所在 但馬国七美庄下方未国名地内
(現兵庫県美方郡香美町村岡区村岡川上地区高堂)
本寺 京都花園妙心寺微笑庵(みしょうあん)
特徴 妙心寺荘園七美庄管理
開山 妙心寺二世授翁宗弼( じゅおうそうひつ )禅師
(微笑庵主( みしょうあんじゅ ))
時期 永和元年(一三七五)―寛永十九年(一六四二)の二六七年間
本尊 禅定の釈迦如来像

(1)臨済宗報恩寺開山

妙心寺は花園上皇が禅界の巨匠関山慧玄(かんざんえげん)禅師に命じて貞和三年(一三七二)に御所を改め禅苑とされた格調高い名刹です。その第二世を継がれた授翁宗弼(じゅおうそうひつ)禅師は山内に設けた微笑庵(みしょうあん)に拠って妙心寺一山の経営に当たられました。余談ですが、この授翁宗弼禅師は『建武の中興』で後醍醐天皇の側近として功労著しい藤原藤房(万里小路藤房・までのこうじふじふさ)のことで、故あって出家遁世(しゅっけとんせい)し、慧玄に就いたとされています。禅僧であるよりも経営の才能が秀れていたかと思われます。

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001_口上

口上(こうじょう)

法雲寺縁起
法雲寺縁起

「エエー今晩はようこそのお運びで…ありがとうありがとう、おかげさんでやつがれも八十八のこの歳まで、お十夜のお勤めさせて貰えて、結構な事ですワ」
「それでなあ。今回は前々から約束していましたこの寺の最初から今日までの足取りをお聞き取り願はなおう思てナ。去年から丸一年掛かってかってまとめたんだがコレ」(この小冊子をとりあげて皆に見せる)

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宿題

床に見慣れぬ一軸が掛けてある。うずくまった象の背に、遊女風の佳人がふんわりと腰掛けた図柄だ。
「これご法印さんがお越しやゆうんで出しときました」家刀自(いえとじ=ご令室さま)がおっしゃる。さては我が眼力を試す魂胆か?すれば何とか答えずばなるまいが、私のようなお粗末な法印さんでは、もの申そうにも申し上げるものが無い。

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2020年1月27日 | カテゴリー : 法話 | 投稿者 : houun